音楽療法 の前に音楽についてちょっとだけ真面目に考えてみた【その2】

前回は「周りにある音楽といえば?」と考えた時にパッと浮かんでくるようなことから、音楽が私たちに与えているプラス面の影響について考えてみました。今回は「私たちの生い立ちにも、音楽は密接に関わっていたなぁ」というような視点から「歴史を振り返ってみると、 音楽療法 がない頃から音楽を頼っていたのではないか?」まで、ワタシが今ある知識であーだこーだ考えてみたいと思います。

音楽療法の前に音楽についてちょっとだけ真面目に考えてみた【その1】

そういえば、音楽は成長する過程で意図的に取り入れられていた…

私たちがお母さんのお腹から生まれてから高校を卒業するくらいまでは、人間としてどんどん成長していき、生きて行くのに必要な体の機能を作り上げていきますよね。日常生活を送るための練習や考える力を身につけるための学習、そして健康なココロをつくり上げるための生活習慣や教育。

この過程で、音楽はかなり早い段階から意図的に「取り入れられている」ように思いませんか?そうです、子守唄や幼稚園での合唱、音楽の授業。音楽がなくても生きていけますよね?それなのに、なぜ私たちは音楽を取り入れた生活の中で過ごしたのでしょうか?

人間が最初に出会う音楽は子守歌?!

人間 が一番最初に出会うBGMではない音楽、つまり意図的に聴かされる音楽は子守唄なのではないか…という仮説をいまワタシは立てました(笑)。最近は音楽を聴く環境も整っているので「きちんとした音楽を聴かせているよ!」なんて方も多いかもしれません。まだ耳が出来上がってない頃に英語を使う環境に身を置くと、英語が話せるように、幼少期に聴かせる音楽というのは重要だということをワタシたちはなんとなく認識しています。

そんな大事な時期に、なぜ母親は子守唄を歌って聴かせるのでしょうか?母親が単純に歌うのが好きだからなのでしょうか(笑)?ひょっとしたら、子守唄によって赤ちゃんに「母親と認識させるため」ではないか?とも考えられます。また、子守唄を聴かせるタイミングが、寝かしつける直前であるということから、睡眠と子守唄は何か深い関係がありそうです。

動物が眠るときは、「安心感」がなければ眠ることはできないですよね?それと同じように、赤ちゃんも「安心感」がなければ眠ることは出来ないでしょう。何か不安があれば、その気持ちを伝えるために泣き続けてしまいます。このことからも、音楽には「安心感」を与えることができると考えられます。。

子守唄が安心感をもたらし、睡眠へ導くことができることを、お母さんは本能的に知っているのかもしれませんね。

何故「音楽の授業」があったのだろうか?

学校での息抜きの授業といえば、ワタシの中では体育と音楽が思い浮かびます。みなさんは、どうして学校で音楽の授業があったのか、考えたことありますか?もちろん、多くを学ぶことは人間を成長させる上で重要であると思います。しかし、音楽は授業で取り入れるほど必要な授業だったのでしょうか?

ワタシにとって音楽の授業は楽しみでしかなかったのですが、他の生徒も全員ワタシと同じように音楽が好きとは限らないですよね?そんな中で音楽が「授業」として存在するということは、学ぶ必要性があるということだと思います。

音楽の授業は、幼稚園や保育園でも最低限「うたの時間」という形で取り入れられてますよね。

「みんなで歌う」ということは「周りの人と行動を合わせる」「音程を合わせる」「歌詞を合わせる」など、必然的に「合わせる」ことが大切になってきます。そのれは協調性を育てることに繋がってくるように思います。

協調性がなければ、社会で生きづらくなり孤立してしまってココロの健康が保てなくなる可能性が出てきます。こう考えると、音楽は社会で生きて行くために必要な要素なので、授業に取り入れられているのも納得です。

人間としての尊厳を保ちたいときに音楽は取り入れられていた?

音楽は本当に大きなパワーを持っているなぁと感じるもののひとつとして、私は「国歌」が思い浮かびます。国を代表するものに音楽が入っているというのは、すごいことですよね。このことからも、音楽が人に与える影響はとても大きいと言えます。そんな中ワタシは、あれは音楽療法に近いことを行っていたのではないか?という出来事を思いつきました。

それは世界規模の戦争が起こった時へとさかのぼります。

戦時中にあった慰問訪問での音楽の意味を考える。

戦争映画を見ていると「慰問訪問」でこれから戦地へ向かう兵士へ歌を送るシーンを目にします。その際に、故郷を思い涙する、ひとときの癒しであった、というような描かれ方をしていることが多いと思います。ワタシはこれを、音楽療法的な力ではないか?と考えます。

このような描かれ方から、慰問訪問での音楽は「明日死ぬかもしれない」という不安を和らげるほどの大きな力だったといえるでしょう。つまり「音楽には確実に人のココロを癒す力がある」という証明にもなるのではないでしょうか。「死ぬかもしれない」「確実に死ぬ」という状況の中で、音楽は人としての「尊厳を保つ」という重要な働きをしていたのかもしれません。これは立派な音楽療法であると言えるでしょう。

そういえば、織田信長が本能寺の変で亡くなるシーンが映画やテレビで出てくる時、「歌いながら舞った」というような描写をされることがあります。それが本当か嘘かはさておき、このシーンが意味するものを考えた時に「心の平静を装う」という想像をすることができます。「立ち向かう」という考え方もあるかもしれません。

このような緊迫した状況の中でも音楽が出てくるということは、「音楽が人間に与える力はとても大きい」と言えるのではないでしょうか。

奴隷だった黒人から生まれた音楽がたくさんある

緊迫した状況の中でも音楽が出てくると考えたときに、黒人が音楽が大好きなのは「奴隷制度があったからではないか」という考えが出てきました。黒人はジャズやブルース、ソウルミュージックなどのルーツミュージックを生み出した人たちです。よく、ブラックミュージックとも呼ばれます。あの独特のグルーヴ感は、他の人種には出せない特別なものです。

ワタシは、黒人がこれほど音楽を愛したのは黒人の奴隷制度にも関係があるのではないかと考えました。奴隷の心理的状態が過酷なものであったからこそ、どの人種よりもココロの安定を求めるために、音楽が生活の中でどんどん身近になっていったのではないでしょうか。

辛いからこそ思いを歌にする、辛いからこそ音楽で楽しむ。そんな中で出来上がった音楽が、いろんな人の手によって進化をとげ、現在の流行音楽につながり、ココロを癒してくれたり豊かにしてくれています。歴史が黒人に与えた影響から生み出された音楽のパワーは、ものすごいエネルギーだと思いませんか?

音楽が私たちにもたらすものは、想像よりもはるかに大きいことなのかもしれません。

 日本も戦後は音楽が溢れていた

日本で音楽というと、戦後に発展していったというイメージがあります。もちろん、日本の伝統的な長唄や詩吟などは別として、「地域や家柄にとらわれず誰もが音楽を楽しんでいる」1番古い時代を簡単にイメージできるのは戦後なのかなぁと感じています。それはメディアの発達や、録音機の発達も一因ではあると思いますが、戦争によるココロのケアとして、多くの人が無意識に音楽を楽しみ、癒されていたのではないでしょうか。

美空ひばりさんの歌声が多くの人を魅了したのは、素晴らしい美声はもちろんのこと、戦時中に失われた心の平穏を取り戻すための音楽療法的な力をひばりさんが持っていた、と考えても間違いではないような気がします。

音楽はパワフル!ということは 音楽療法 のチカラもすごいはず!

このように、ワタシが持っている知識だけで音楽について考えただけでも、音楽はパワフルだなぁと実感します。これだけ力のある音楽です。よって、その音楽を利用した「音楽療法」が今後どんどん発展んしていくことは間違いないでしょう。介護や福祉、そして病院の現場などで、今まで以上に大きな力を発揮してくれるようになりそうです。

そのためにも「音楽が具体的に人間にどのような影響を与えるのか?」科学的な視点から考えることがとても重要だと思います。しかしながら、現時点で音楽の効果は科学的に証明されていない部分が多いために、音楽の持っている本当の力を世間が受け入れられない状況にいるのではないか?とも感じます。

科学的な根拠がないからこそ、音楽や音楽療法の「何故?」を探し、「そういえば!」と知識や経験と結びつけて、考えて仮説を立てるということも大切なのかなぁと感じています。

このシリーズは、ワタシが現時点で持っている知識だけで今後も書いていこうと思います。のちのち、ワタシの何故?をきちんと調べてみる、ということもやっていこうかなぁなんて考えています。

ひよっこですが、よろしくで〜す!(笑)

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